アメリカの社会心理学者のフェスティンガーは対人的コミュニケーションには
「道具的コミュニケーション」と「自己充足的コミュニケーション」があると
指摘しました。送り手が受け手に「何かをしてほしい」というような目標達成
の手段として送るケースは「道具的コミュニケーション」と呼ばれます。コミュニケーションが送り手の目標達成のための道具として利用されているという
意味です。職場では上司が部下に「〜してください」と指示や命令をしたり、
仲間同士で「〜してくれる」とお願いをしたり、仕事の連絡や報告をするとき
に使われます。
一方、コミュニケーションを行うこと自体が目的であるケースは「自己充足的
コミュニケーション」と呼ばれます。受け手に「何かをしてほしい」というものではなく、「話したい」「やりとりをしたい」という自分を満足させるコミュニケーションのことです。職場では「おはよう」、「今日は良い天気だね」、「最近調子はどう?」など、挨拶や雑談で使われます。仕事には直接関係ないことが多いかもしれませんが、よりよい人間関係を築く上で重要な役割を果た
しているコミュニケーションです。また、時には仕事の緊張緩和という役割も
果たします。
私が企業や自治体の管理職向けコミュニケーション研修を行うときに、受講者に「日頃、あなたは部下とどんなコミュニケーションをとっていますか」と聞
くと、「毎日、朝礼をやって仕事の指示や連絡を徹底している」という答えが
多いですが、それは道具的コミュニケーションです。道具的コミュニケーショ
ンだけで「部下といつもコミュニケーションをとっている」という管理職は大きな勘違いをしています。実は、「最近、職場のコミュニケーションが不足している」とか「コミュニケーションが希薄になっている」というのは自己充足的コミュニケーションを指すのであって、それが原因で職場の人間関係がギス
ギスしたり、メンタルヘルスやパワハラの問題が発生していること、管理職は部下に対する自己充足的コミュニケーションを充実していくことが重要であること、を私は研修で徹底して教えています。
また、管理職として道具的コミュニケーションばかり使っていると「老後に苦
労する」ということも教えます。管理職で定年を迎えて退職をすると、会社を
離れて地域社会に入ります。そうすると、今までは指示や命令をする部下や後輩がいたので道具的コミュニケーションが使えましたが、地域社会では対等な人間関係が多くなるので使えなくなります。今のうちに仕事で自己充足的コミーションを使っておかないと、地域社会に溶け込むことができなくなり、
寂しい老後を送ることになるのです。
さらに、「道具的コミュニケーションだけで部下を従わせよう」と思っている
管理職はリーダーシップが発揮できないことも伝えます。道具的コミュニケーションを使えば、部下は表面的に指示や命令に従っているように見えますが、道具的コミュニケーションでは「体は従わせることができますが、こころは従わせることはできない」のです。みなさんも自分の上司を考えてみてください。
いつも指示や命令ばかりしてくる上司に「この人と話したい」、「この人と一
緒に仕事したい」と思いますか。たぶん、みなさんが「この人と話したい」、
「この人と一緒に仕事したい」と思うのは、いつも「おはよう」、「今日は良い天気だね」、「最近調子はどう?」などと、こまめに自己充足的コミュニケーションをとってくれる上司ですよね。このように、自己充足的コミュニケー
ションはリーダーシップでも重要なのです。
最後に、鉄道会社で車掌の仕事をやっている方から私が聞いた話をお伝えします。鉄道の車掌をやっていると、夜遅くに電車が終点に着いたときに、酔って眠っている乗客を起こすとことがあるのですが、そのときに「お客さん、終点ですから起きてください」と言うと、起きてくれなかったり、文句を言われることが多いそうです。では、どうやって起こすのかというと、「お客さん、こんなところで寝ていると風邪ひきますよ」と言うと必ず起きてくれるそうです。
酔っ払いでも、道具的コミュニケーションより自己充足的コミュニケーション
をとってくれる人に従うという例でした(終)。
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