先月、世界野球「プレミア12」の決勝戦をテレビで見ました。日本が優勝
したときの稲葉監督の涙が印象的でした。人間は自分にとって嬉しい出来事や悲しい出来事、悔しい出来事があると、感情が発生して涙を流します。つまり、「嬉しい」「悲しい」「悔しい」という感情が涙を流す(泣く)とい
う行動を生み出すと考えられます。では、人間はこのような感情が発生しなくても涙を流すことはできるのでしょうか。
私が高校生のときに、テレビの歌番組で賞を取った某女性歌手が「ウソ泣きをしている」と話題になりましたが、それは別として映画やドラマの俳優は
悲しい出来事や悔しい出来事がなくても、演技で涙を流しています。涙を流
すためには「あくびをする」「玉ねぎを切る」「目薬を使う」などの方法がありますが、多くの俳優が使っているのは「過去にあった悲しいことを思い出して、悲しいように振舞っていると涙が出てくる」という方法のようです。
ということは、「悲しい」や「悔しい」という感情が無くても「涙を流す」
という行動を生み出せるということになります。つまり、「悲しいから泣く」
「楽しいから笑う」などのように、人間の感情が行動に影響するというのは
間違っているのではないか。19世紀後半に、そんな疑問を持った人がいま
した。アメリカの心理学者のウィリアム・ジェームズです。
リチャード・ワイズマンは著書「その科学があなたを変える」(文芸春秋、
訳者:木村博江)でジェームズを以下のように紹介しています。ジェームズ
は従来の心理学で常識であった「ある出来事や考えが感情を呼び起こし、その感情が行動に影響を与える」という理論に疑問を持って、研究を行ないました。そして、人間は他の人の顔の表情を見てその感情を読み取るように、
自分自身の表情を感知して、自分が持つべき感情を判断するのではないかと考えたのです。ジェームズはいかなる感情も、人が自分自身の行動を感知した結果生じるという仮説を立てました。つまり、「人は楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しいのだ。怖いから逃げるのではなく、逃げるから怖くなるのだ」という仮説です。
当時、このジェームズの仮説は受け入れられませんでしたが、近年の医療機器の進歩や様々な実験の結果、この仮説が正しいと実証されました。ワイズマンはこの著書でジェームズの仮説を実証するために行われた研究実験結果を多く紹介しています。その一つにレアードの実験があります。実験では被験者に顔面筋肉の電気活動の数値を測定するため、電極を左右の眉と、唇の両端、顎の両端に取り付けると説明しました。そして、気持ちの変化が数値に影響する可能性があるので、実験の間に感じた気分を報告してもらいたいと話しました。電極は偽物でしたが、左右の眉の電極を近づけてもらうことで怒った顔をつくらせたり、唇の両端の電極を後ろに引いてもらうことで笑顔をつくらせたりしました。実験のあとでレアードは被験者たちに面接を行い、どのような感情を感じたかをチェックしてもらうと、ジェームズが予言した通り、被験者は笑顔をつくらされたときは幸せに、眉をしかめさせられたときは不愉快に感じる割合が極めて高い結果が出ました。ところが、なぜそのような気持ちを感じたのかと尋ねると、それは自分がつくった表情のせいだと答えた被験者はごくわずかで、多くの被験者は自分の気持ちが変化した理由を全く説明できませんでした。このように、レアードはジェームズの理論を証明したのです。
ワイズマンはジェームズの仮説である「感情は行動によって生み出される」
という考えを「アズイフ (As if)の法則」と呼び、「○○になるには、○○であるかのように行動すればいい」という考えを提唱しました。ジェームズの言葉を借りるなら、「幸せになりたければ、すでに幸せであるかのように行動すればいい」ということです。たとえば、「高価なビジネススーツを着ると自分ができるビジネスマンになったように感じたりする」「若いころのように振る舞うと若々しくなる」「ステキな恋愛をしているかのように振る舞うと恋人ができる」というように、なりたい理想像があったら、あたかもなりたい理想像になったかのように振る舞うことで、感情が発生するのです。
みなさんも自分に自信を持ちたいと思うのであれば「胸を張って自信を持っ
て歩く」、若く見られたいと思うのであれば「若者のファッションに身を包んで街中を歩く」などを試してみましょう。きっと「アズイフの法則」によって、理想の自分に変わることができると思います。
最後に、人はあたかもそれを体験したかのように行動しさえすれば、いかな
る感情でも望み通りにつくり出せるという「アズイフの法則」を悪用して「詐欺」や「悪質商法」をする人がいることをお忘れなく(終)。
|