2019年5月に国会で職場のパワーハラスメント(パワハラ)防止を義務付ける関連法が成立し、2020年6月に施行されます。職場のパワーハラスメントとは「職場において行われる @優越的な関係を背景とした言動であって、A業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、B労働者の就業環境が害されるものであり、@からBまでの要素を全て満たすものをいう」と定義されています。
私は今から10年以上前に、前職で労働組合役員として、主にパラスメントの
中でも当時から防止措置が義務化されていた「セクハラ」への相談対応や懲罰を行なってきました。今回、パワハラの防止措置が義務化され、企業や自治体などでパワハラへの相談対応や懲罰が増えることになると思いますが、
私がセクハラを減らすためにやってきたことと同じ対応をしてしまうと、パワハラの案件を減らすどころか逆に増えてしまうことがあるのではないかと心配しています。
セクハラの場合は、被害者が相談窓口にセクハラ被害の相談に来た場合、
「体を触った」「しつこく食事に誘った」「性的な内容の発言をした」などの性的言動を加害者が行なったという事実確認ができれば懲罰の手続きに入
ります。その時点で加害者は反省や後悔をして、たとえ弁明の機会が与えられても、その機会を使わずに従順に懲罰を受けることが多かったです。しかし、パワハラの場合は加害者の言動が「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」という曖昧な判断基準で懲罰が決定するため、加害者に弁明の機会を与えると「〇〇さんも同じような言動をしているので、同じ懲罰を与えなければ納得できない」という反論が増え、さらにパワハラの案件が増加する可能性があります。
また、セクハラの懲罰の決定に関しては、会社側が「厳罰」を希望するのに
対して労組(従業員)側が「減刑」を希望する、つまり会社が検察側で労組
が弁護側の立場になることが多かったです。しかし、パワハラの場合は加害者が会社側に近い人物であることが多く、労組側が厳罰を希望するのに対して、会社側が「情状酌量」を希望するという現象が起こる可能性があります。
情状酌量を求めるだけなら、まだいいです。加害者が会社の主要人物であった場合はパワハラを判定する段階で人事部門などの「忖度」が働いて、「この案件はパワハラではない」と会社側が主張することも考えられます。この会社側の主張を許してしまうと、「パワハラをやっても懲罰にはならない」
という暗黙のルールが出来上がってしまい、ますますパワハラ行為が増えることになります。
さらに、上記のようにパワハラ行為が厳しい懲罰に処されなくなると、セク
ハラではあまり多くなかった「加害者に仕返しをする」ということが起こる可能性があります。パワハラの被害者が加害者である上司や先輩より優位性
のあるIT技術や専門性を使って、上司や先輩に対して嫌がらせや尊厳を傷
つける言動が増えたり、上司や先輩の業務上必要かつ相当な範囲内の指導に対して「それはパワハラです」と訴える「ハラスメントハラスメント」につ
ながり、ますますパワハラの案件が増えていく可能性があるのです。
このように、パワハラの防止措置が義務化されることによって、パワハラの
案件が増えていく現象を私は「パワハラドミノ現象」と呼び、そのような状
況に陥らないよう企業や自治体のパワハラ対策のお手伝いをしていきたいと考えています。
ただ、都道府県労働局の相談窓口へのハラスメントのあっせんなどの対応では、セクハラの被害者は加害者に厳罰を希望するのが多いのに対し、パワハラや職場のいじめでは「原状回復」、つまり被害者が加害者との話し合いや加害者からの謝罪により「元の人間関係に戻したい」という希望が多いそうです。企業や自治体のパワハラ相談窓口や懲罰を決める労使のメンバーには、パワハラ被害者のこのような思いをしっかり受け止めながら、「パワハラドミノ現象」に陥らない対応を望みます(終)。
|