仏教思想家のひろさちや氏が著書「『がんばらない』人生相談」(河出書房
新社)で、インドの民話を次のように紹介されています。
「あるところに九十九頭の牛を持っている金持ちがいました。彼は、<あと
一頭の牛が手に入ると、きりのいい百頭になる>と考え、牛を百頭にするた
めに計画を練りました。そして、彼はおんぼろの服を着て、貧乏人になりす
まし、幼なじみの家を訪ねて行ったのです。幼なじみは一頭の牛を持って、
細々と暮らしています。大金持ちはこう言いました。『おまえはいいなあ
・・。ちゃんと牛を持っている。わたしは貧乏にになって、子どもたちに
何も食べさせてやることができなくなったんだ。どうかわたしを助けてほしい』。
すると幼なじみは、『ぼくは、きみがそんなに困っているとは知らなかった。
友だちとして恥ずかしい。ぼく自身は、この牛がなくなっても、妻と二人で働けばなんとかなる。だから、この一頭の牛をきみに差し上げる。連れて帰
って、お子さんにミルクを飲ませてあげてほしい』と、たった一頭しか持っていない牛を友人に施しました。金持ちは友だちをうまくだまして牛を手に入れることができたので、<しめしめ>と大喜びです。一方、友人を助けることができて、貧乏人も喜んでいます。
では、どちらの喜びが本物でしょうか?みなさんはどう思いますか?わたし
は、金持ちの喜びはたった一晩の喜びだと思います。なぜなら、彼は、翌日
になると、<ああ、牛が百頭になった。さあ、この次は、目標百五十頭でが
んばるぞ!)>と思います。目標が百五十頭に設定されると、たちまち百頭
の牛がマイナス五十頭になります。すると金持ちは、マイナス五十頭をマイ
ナス四十頭、次にマイナス三十頭、マイナス二十頭にするために、あくせく
と働き、いらいらしながら働き、がつがつと働かねばなりません。そして、
彼が牛を百五十頭にできるかどうかはわかりません。幸いに百五十頭にでき
たとして、また喜びはたった一晩です。彼は次に目標を二百頭にして、また
あくせく・いらいら・がつがつと働かねばなりません。それに対して貧乏人はどうでしょうか?わたしは、妻と力を合わせて、−のんびり・ゆったり・
たのしく−働き、幸福な毎日を送るだろうと思います。
いまの日本人は、このインドの民話の九十九頭の牛を持っている金持ちと同じですね。日本人は−あくせく・いらいら・がつがつ−と働いています。そ
もそも九十九頭の牛を持っていても、それをマイナス一頭と考えるなら、そ
れはゼロ以下になってしまいますね。そういう考え方では幸せになれないと
思います。・・・」
これまでの日本、そして日本人は経済成長ばかりを考えて、−あくせく・い
らいら・がつがつ−と働いていました。それで、経済成長のために、−のん
びり・ゆったり・たのしく−働く幸福を犠牲にしていたのではないでしょうか。今回、新型コロナウィルスの感染対策として、様々な事業者に対する営業自粛や自宅勤務(テレワーク)の要請がある中で、−あくせく・いらいら
・がつがつ−という働き方の見直しを考えることができるようになりました。
そして、企業も自身の最大の目的である「永続的な存続と成長」のために、
今まで中心的に目指してきた「利益の追求」だけではなく、さまざまなステ
ークホルダー(企業の利害関係者)との関わりを見直すことにより、社会や
環境との共生を念頭におき、そのうえで「適正な利益」を追求しながら持続
的に成長していく新たな企業経営のあり方や経営モデルを再考する必要性に
迫られています。
今まで、日本と日本人が働く合い言葉は「がんばれ」、「がんばろう」でした。漢字にすると、−あくせく・いらいら・がつがつ−の働き方では、頑なに張る 「頑張れ」、「頑張ろう」でした。これからは顔を晴れやかに「顔晴れ」、「顔晴ろう」で、−のんびり・ゆったり・たのしく−の働き方でいきましょう(終)。
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