私が大学生のときは、サッカーとアルバイトばかりやっていて、ほとんど大
学の講義に出ていませんでした。そのため、一番困ったのは「期末試験」です。期末試験の一週間前になると、いつも12時半ごろ大学の講義室に行く
のが習慣でした。すると、講義室の一番前の席に座って13時からの講義の予習をしている学生が必ずいました。「すごいね、予習するなんて、ところ
で先週の講義に出られなかったんだけど、先生はどこが試験に出るか言っていました?」と話しかけます。それをきっかけに、期末試験の話を広げて
試験の情報を集め、ときにはノートを借りて大学の売店で急いでコピーをし
てノートを返します。そして、「ありがとう、お互いに試験がんばろうね」とお礼を言って、講義には出ずに大学のサッカーグランドに向かうのです。
こんなことを大学で4年間続け、今思えば「よく大学を卒業できたな」と思います。ただ、このときに「人に頼る」ことを学んだことが、のちに就職してから役に立っていて、今でも人に頼ったり人に何かを頼んだりすることが得意技になっています。ただ、人に頼ったり人に何かを頼んだりすることは「要領がいい」とか「ズルい」などと言われることもあり、その行為を自分の中ではネガティブにとらえていましたが、昨年ある本を読んだことで「これは自分の能力なんだ」と感じるようになりました。
その本は医師である吉田穂波先生の著書「つらいのに頼れないが消える本
〜 受援力を身につける 〜」です。受援力とは「助けを求めて、助けを受ける心構えやスキル」のことです。受援力はもともと防災の分野でよく使われてきた言葉です。なにか災害が起きると、多くのボランティアが被災地を訪れます。ただ、受け入れ態勢がうまくとれていないと、復興にうまく生か
すことができない。そこで、災害後に防災ボランティアの支援を活かすため被災地側がボランティアの支援を受け入れることができるようにと、2010年
に内閣府が地域防災力を高めてもらうためにつくったパンフレットに用いら
れた言葉です。そして、東日本大震災を機に少しずつ知られるようになった
言葉のようです。吉田先生は、この受援力を防災だけではなく、子育てやビ
ジネスにも必要な能力として広めようとされています。
この著書の中で、人が受援力を発揮できない現状について、吉田先生は 「幼い頃は、誰もが受援力を発揮できていた」と述べています。子どもの頃は、わからないことがあれば周囲の大人に聞いたり、手伝ってもらいます。それが成長するにつれ、「できなくて当たり前」が「できて当たり前」に変わっていきます。そして、自立していく過程で「大人になれば何でも自分一人で
やることが当たり前」と考えるようになり、「人に迷惑をかけることは悪いことだ」、「助けてもらうことは恥ずかしいことだ」と感じるようになるのだそうです。また、吉田先生は自立について次のように述べています。「子どもの頃は、一人でできることが『自立だ』と教わりましたが、大人になり社会人としてさまざまな重荷を背負うようになると、次は真の自立へとレベルアップする必要が出てきます。それは、一人でできることと他人に頼ることを見極め、お互いに助け合い、『全体にとって最もいい方法を選ぶ』とい
う自立なのです。」と。この「真の自立」に必要な能力が受援力なのかもしれません。
その他にも、世の中で受援力を発揮できる人が少なくなっている理由があり
ます。人間は古来からお互いに助け合いながら生きてきましたが、日本では地域社会のつながりの希薄化や核家族化などによって、いつの間にか 「困ったときに助け合う」、「人に世話になる」ことが少なくなってしまいました。
また、辞書で「世話になる」を調べると「面倒をかける」、「厄介になる」という意味が載っています。このような理由から、人に頼ることに対して「相手の迷惑になるのではないか」、「仕事ができない人だと思われるのではないか」、「相手を利用していると思われるのではないか」などと考える人が増え、受援力を発揮できる人が少なくなっているようです。また、私が企業の管理職向けメンタルヘルス研修の打ち合わせをしているときにも、人事担当者から「受援力を発揮できる管理職が少なくなっている」という現状を聞きます。
学生のころに、誰にも頼らず一人で勉強をして良い成績をとって、良い会社
に就職し、社会人になってからも与えられた仕事を一人でこなしてきたとい
う経験を持った人が、その良い成績を評価されて管理職になると、この「受
援力」を理解することができないために、困っている部下の仕事のサポート
ができない、部下に自分の仕事を任せることができないという「組織や部下
のマネジメントができない上司」になってしまうということが企業で起こってるようです。
このように、若いころから受援力を身につけておくことは仕事ではとても大
切なことです。みなさんも仕事はもちろんのこと、家庭での家事や育児や介
護などにおいて、人に頼る能力である「受援力」を身につけて、ストレスフリーな生活を送りましょう(終)。
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