2000年に開催されたシドニーオリンピックの柔道男子100kg超級決勝戦は
日本の篠原信一選手とフランスのダビド・ドゥイエ選手の間で争われることに
なった。試合開始より1分30秒過ぎにドゥイエが内股をかけるが、篠原はそ
れを内股すかしで投げる。ドゥイエの足は畳から離れ、一回転して背中から落ちた。見ている人は誰もが篠原の一本勝ちを確信した。と思ったその時に、なぜか主審の判定はドゥイエの有効となった。結局、試合結果はドゥイエの優勢勝ちとなった。この判定は未だに「世紀の誤審」といわれている。
柔道の醍醐味の一つは、相手が技を仕掛けてきたとき、バランスを崩しながらも体をさばき、相手の力を利用して投げることにあります。これを「後の先」というそうですが、篠原が見せた内股すかしこそ日本古来の柔道の技の妙味です。
「先の先」は相手が攻撃をしようと仕掛けるより先に攻撃して一本取るということです。これに対し、後の先とは相手に先に動かせて、その初動のスキを素早くこちらが突いて一本取るという意味です。
剣道でも後の先は有効です。構えたまま間合いをジリジリと詰めていき、追い込まれた相手が苦しまぎれに技を出そうとする、その瞬間をとらえて技を決める。ボクシングであれば「カウンターパンチ」がそれにあたります。カウンターパンチは相手が出した技のスピードがプラスされるから威力は抜群です。
柔道や剣道、ボクシングにおける後の先について説明しましたが、実はこの攻め方は人とのコミュニケーションにも使えるのです。たとえば、あなたが友達と2人で会話をしているとします。しかし、時には一時的に会話が途切れる時があるでしょう。「沈黙の時間」です。あなたにもきっと経験があると思います。人間はみんな沈黙の時間を怖がります。だから、「何か話さなきゃ」と思い、相手に話しかけてしまいます。「そういえば・・・」と無理に話題をつくってしまうのです。
一方、会話の達人は相手も沈黙の時間を怖がっていることを知っています。
相手が何か話題を見つけようと必死になっているのを冷静に見ています。そして、相手が沈黙の時間によって間合いをジリジリと詰められ、苦しまぎれに技を出すわけです。「そういえば・・・」。その一瞬をとらえて後の先で技を出し、さり気なく質問形で話をつないでいけば、相手はその質問に答え、達人の何倍もの言葉を費やすことになります。そうなれば達人の勝ちです。これが、人とのコミュニケーションにおける後の先です。
「私は人とのコミュニケーションや会話が苦手だ」と思っているあなた。会話は相手に話題を提供することが重要ではありません。人とのコミュニケーションでは、相手からいかに情報を引き出すかが重要です。つまり、「話すこと」より「聴くこと」の方が重要なのです。会話の下手な人は話すことばかりを考えて、沈黙の時間が訪れると「先の先」で自分から話題を提供しようとします。こうなると、会話の主導権は相手が握ります。会話の主導権というのは見かけとは逆で、「無口な人」が「おしゃべりな人」をリードしているのです。
会話をするときには「相手をおしゃべりにさせるにはどうしたらいいか」を考えてください。方法は簡単です。「沈黙の時間」が来たら、相手が口を開くまで待てばいいのです。話題が途切れると一瞬の沈黙が訪れますが、この沈黙に耐えるのです。すごく長く感じるかもしれませんが、せいぜい3〜4秒でしょう。そうすれば、相手の方から口を開きます。その言葉に共感しながら、相づちをうって、そのあとは後の先で攻めるのです。「そこのところ、もう少し詳しくうかがってもよろしいですか?」とやさしく質問します。そうすれば、相手からまた次の情報を提供してもらえます。あなたは無口でいいのです。このように、人とのコミュニケーションの技として後の先をどんどん使ってみましょう。きっと良い人間関係ができてストレスの軽減にもつながると思いますよ。(終)
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