ある小学校で模擬テストが行なわれました。採点はテスト業者が答案を回収して行いましたが、後日テストの結果を知った担任の先生は驚きました。いつも成績が平均点以下の「中の下」だったA君がクラスでトップの成績だったからです。実は、これは業者の採点ミスによるもので、ほんとうのA君の成績はいつも通り「中の下」だったのですが、担任の先生はそのことを知らずA君が実力でトップを取ったと思っています。半年後、再び模擬テストが行われたところ、A君はまたしてもトップ になりました。しかし、このときは採点ミスはなく、A君は実力で真のトップを勝ち得たのでした。それまで成績が「中の下」だった生徒が採点ミスで「ニセのトップ」になるや、半年後には「本物のトップ」に変身したというわけですが、これはなぜでしょう。
もちろん、トップを取ったことでA君が俄然やる気になったことはまちがいないでしょう。しかし、それだけではありません。実は担任の先生のA君を見る目が変わり、勉強の指導に力を注いだことが何より大きかったのです。これは、心理学では「ピグマリオン効果」と呼ばれる現象です。ピグマリオンとはギリシャ神話に登場するキプロス島の王ですが、彼は象牙でつくった女像に恋をしてしまいます。もちろん相手は人間ではありませんからこの恋はかなうはずもないのですが、ピグマリオンのあまりの熱心さに同情した愛の女神アフロディテ(ローマ神話ではヴィーナスとも呼ばれています)は、その女像に命を与えます。こうして、晴れてピグマリオンはこの元女像を妻にすることができました。「ピグマリオン効果」とは、こんな神話から生まれた言葉です。
ピグマリオンは、強く念じることで女像を本物の女性に変えてしまいました。同じように、先のA君の場合は、担任の先生が「この子は、やればできる」と信じたことによって、成績が「中の下」の生徒を本物のトップに変身させてしまったのです。
「ピグマリオン効果」とは一言で言えば、「相手に対する期待が強ければ、その期待は現実になる」と言えばいいのでしょうか。スポーツの世界でも、指導者は選手に対して「君ならできる」と言い続けることが多いと言います。指導者が心から「この選手ならできる」と信じて指導をすることで、その気持ちは選手に伝わり、選手も奮い立つのです。シドニーオリンピックの女子マラソンで金メダルを取った高橋尚子選手に小出監督が「君ならできる」と言い続けたというのはあまりにも有名な話です。
最近は「体罰」を用いた指導が問題になっていますが、「どこまでが体罰でどこまでが指導か」などという議論になっていて、とても残念に思います。部下であれ、わが子であれ、教え子であれ、人を指導する立場の人が指導する相手を「できる人間」にしたいのなら、まずは指導者自身が「こいつはできる」と信じてみてはどう
でしょう。そうすれば「体罰」の問題などは起こらないのではないでしょうか。
「体罰の防止」ではありませんが、私のところに企業から「パワーハラスメント防止の研修をやってほしい」という依頼が増えています。今後は指導者の間違った指導方法や指導者の意識が少しでも変わることを望んでいます(終)。 |