むかしあるところにまじめで働き者の青年がいました。毎日畑に出ては作物を
世話して、近所でも評判の好青年でした。ある寒い日の夜、青年の家に若い女
性が訪ねてきました。その女性は青年に「一晩だけ泊めて下さい」と言いまし
た。やさしい青年は彼女に温かい食事を勧めた上に「私の部屋の布団でおやす
みなさい」と言って、自分は土間に横になりました。その女性は恐縮しながら
も青年に御礼を言って、「私は恥ずかしがり屋なので朝まで部屋をのぞかない
で下さい」と言いました。青年は「わかりました」と約束して、再び横になり
ました。
彼女が青年の部屋に入って少しすると、ガタガタと何かを動かしている音がし
ました。青年は「何をやっているんだろう」と不思議に思いながらも、のぞか
ないことを約束したことを思い出して、のぞきたい衝動を我慢しました。青年
は「つるのおんがえし」の話を思い出し、きっと彼女は私のために、高級な
「機(はた)」を織っているんだと自分に言い聞かせて、期待をしながら眠り
につきました。翌朝すっかり静かになった部屋の扉を開けると彼女はいません
でした。また、お金から家財道具からすべてがなくなっていました。そうで
す、彼女は「つる」ではなく、「サギ」だったのです。正直者はやっぱりバカ
を見るというお話でした。めでたし、めでたし・・・。
人間には「のぞくな!」と言われるとのぞきたくなる「あまのじゃく心理」が
備わっています。つまり、禁止されるとそれを破りたくなり、逆に勧められる
と反発したくなるという潜在的な心理があるのです。この「あまのじゃく心理」
が強い人、つまり「右を向け!」と言うと左を向きたがる人とコミュニケーシ
ョンをとることは大変難しく、ストレスになるように思われますが、この心理
傾向を逆に利用すれば、頑固に反対をしている人の態度を180度転換させる
ことも不可能ではありません。
車のセールスは販売競争が激しい業界ですが、ベテランと呼ばれる車のセール
スマンは、車を買っていただきたいお客様に対して、「車を買ってほしいと言
いながらお恥ずかしい話ですが、私どもの車にもわずかですが欠陥車がありま
す。もしお気づきの点がございましたらすぐにお知らせください。」と言うの
が殺し文句なのだそうです。お客様は、まさかセールスマンが自分からそんな
ことを言い出すとは思わなかった驚きから、つい「そんなことはないだろう」
という「あまのじゃく心理」がはたらいて、その結果、車を買っていただける
のだそうです。
また、この手法は会議などの説得の場面でも使えます。頭ごなしに「君は間違
っている」と言えば、「私は絶対に間違っていない」という反発になりますが
そこで一歩譲歩して「私が間違っているかもしれないが」と話しかけてみると、
相手に「あまのじゃく心理」がはたらいて「私の方にも間違いがあるかもしれ
ない」という気持ちが生まれ、次第に受入の姿勢へと誘導していくことができ
るのだそうです。みなさんも、仕事で企画や提案の場面があれば一度お試しく
ださい。(終)
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