ニワトリが家畜化されたは、東南アジア地域に棲息していたキジ科の野鶏が、いつの頃からか人に飼育されるようになったと言われています。そして野鶏のいくつかの種の中でも「赤色野鶏」という種が一番有力とされています。因みに日本にニワトリが初めて伝来したのは、弥生時代(約2500年前)であり、朝鮮半島を経て伝わった説が有力です。
世界に誇るファーストフード店・ケンタッキー・フライドチキン(KFC)の誕生地・米国にニワトリが伝来したのは、アジア・西欧諸国より遥に時代が下った15世紀末のコロンブスが米大陸を発見した以降であり、スペイン人とイギリス人によって伝えられました。
ニワトリは『人々の移動(移住)に伴って、世界へ広がっていった』という伝播方法で世界に拡って行きました。牛や馬は世界各地に、野生化したのを其々の現地で家畜化されっていった方法とは、違っています。
明治維新は日本人の食生活にも大きな革命をもたらしました。 その一番は肉食文化の導入でしょう。スキヤキが生まれ、庶民の間にまで浸透していきました。そんな時代、鶏料理は実は他の肉料理より高級な料理として珍重されたのです。ですから、牛肉よりも鶏肉はあこがれをもってみられていたそうです。
そもそも、ニワトリが家畜化された当初目的は食用ではなく、未明の時を告げる(赤色野鶏の習性)時計台替わりに利用されていました。 「時を告げる神聖な鳥」として、あまり口にすることはなかったと言います。
さて、にわとりが食肉として広まってのは、第2次世界大戦後、米軍の駐留によって、もたらされたのがブロイラーでした。昭和40年以降にはその普及が広がり、大衆やきとり店も現在のやきとり屋のメニューほどにレベルがあがりました。低価格の焼き鳥はまさしく酒との相性ともあいまって、居酒屋では欠かせないメニューとなったのです。やきとりやの庶民化には、このブロイラーこそが主役だったことがは否めません。さらに今日は、地鶏ブームです。さらに進化したブランド鶏、部位別のやきとりや、新しい調理法などで、栄養のみならず味でも まだまだ楽しませてくれそうです。
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